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趣味を仕事にするとどうなるか

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仁才徳
著者
仁才徳
韓国ソウル在住のリーダー兼ソフトウェアエンジニア

プログラミングは、もともと私の趣味でした。大学のどこかの時点で、いつの間にか職業になっていて、以来「好きなことが仕事になると何が起きるか」を何年も観察してきたことになります。今の趣味は写真で、ときどき「プリントを売れば?」「副業で撮影すれば?」と言われるのですが、毎回断っています。この記事は、だいたいその理由の話です。

「好きなことを仕事にすれば、一生働かなくてすむ」という格言があります。気持ちは分かりますが、私は逆だと思っています。好きなことをお金のためにやると、それが仕事に感じられる新しいパターンを次々と発見することになります。

趣味が与えてくれるもの
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趣味の価値は、そこに「ないもの」にあります。締め切りがない。クライアントがいない。ノルマもない。私は自分のペースで、好きなものだけを撮ります。週末まるごと撮った写真が全部いまいちでも、誰も困りません。ほとんどの場合、自分すら困らない。喜びはプロセスの中にあって、家賃はそこに一切かかっていない。この「賭け金のなさ」こそが、正直な試行錯誤を可能にしてくれるのです。

お金が変えるもの
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趣味が収入になった瞬間、条件が変わります。最初に来るのは締め切りとクライアントの要求。次に、品質を安定させろというプレッシャー。誰かがお金を払っている以上、調子の悪い月は許されません。そして市場が作品そのものに手を入れ始めます。売れるものへと少しずつ流されていき、それは最初に自分を惹きつけたものと同じであることはめったにない。批評との関係も変わります。趣味の作品への辛辣なコメントは一晩へこめば済みますが、生計への辛辣なコメントはずっとついて回ります。

だからプロになるのが間違いだ、という話ではありません。ただ、好きだった趣味と、それが変化した職業とは、外から見た目が同じでも別の活動なのです。

楽しさを残すために
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私は今でも趣味でコードを書きます。コツは、趣味のコードには職業的な縛りを一切つけないことです。誰もお金を払っていないので、サイドプロジェクトを中途半端なまま放り出しても罪悪感がない。そして仕事のプログラミングがしんどくなったとき、なぜ始めたのかを思い出させてくれるのは、たいていどうでもいい個人プロジェクトのほうです。一方で写真は、線のはっきり向こう側に置いています。一銭も稼がないし、何の義務もない。それこそが価値です。興味が年月とともに移っていくなら、移らせればいい。仕事になった趣味が、唯一の趣味であり続ける必要はありません。

というわけで、好きなことを生業にすることはできます。実際そうした人は大勢いるし、私も後悔していません。ただ、それが生活費を払う手段にもなった瞬間から、「好き」を保つこと自体がちょっとした仕事になる。それだけは知っておいて損はないと思います。