私の基本方針は、チームに何でも話すことです。ただ、何度か失敗してようやく分かったのですが、「何でも、即座に、フィルターなしで」は透明性とは呼べません。半分くらいは、自分の不安をみんなに丸投げしているだけです。難しいのは、オープンにするかどうかではなく、どうやって、いつオープンにするかでした。
それでもオープンが基本である理由#
透明性を勧める定番の論拠は、どれも本当です。実際にその通りになる場面を何度も見てきました。決定の背景にある理由が分かれば、たとえ気に入らない決定でも、納得はしてもらえます。私と同じ情報を持っていれば、メンバーは私の指示を待たずに良い判断を下せます。そして、自分に関わる話が自分の知らないところで進んでいたと後から知って、嬉しい人はいません。
生の情報をそのまま流すと何が起きるか#
失敗のパターンは、だいたい3つです。
量。中途半端な情報まで全部転送していると、本当に大事な話が埋もれます。そのうち誰も読まなくなります。
文脈。背景抜きの生の情報は混乱を生みます。「ロードマップを見直しています」という一文は、説明付きならただの近況報告ですが、説明なしだとずっと不穏に聞こえます。
タイミング。まだ決まっていないことを共有すると、チームは1週間、実際には検討すらされていない結末について憶測を巡らせることになります。生煮えのニュースは、最終決定そのものより多くのエネルギーを食いつぶすことがあります。
待つことは隠すことではない#
共有のタイミングを計るというと、操作的に聞こえます。でも誠実にやれば、むしろ逆です。理解に必要な文脈と一緒にニュースが届くようにする、ということですから。悪い知らせは、対応策とセットで伝えたほうが受け止めやすくなります。良い知らせは、金曜夕方の連絡ラッシュに埋もれないほうがちゃんと届きます。
ただし、待つことにはコストがあり、それは膨らんでいきます。情報を抱え込みすぎると、みんな何となく気づきます。空白は噂話が埋めますし、噂は決まって現実より悪い内容になります。そして、いつも最後に知らされる人は、それを自分の評価だと受け取ります。まあ、実際そうであることが多いのですが。
今の判断基準#
センシティブなことを共有する(あるいは保留する)前に、いくつか自問するようにしています。これはチームの仕事に必要な情報か、それとも自分が楽になりたいだけか。文脈をきちんと説明できる段階か、それとも断片を投げつけるだけになるか。どう受け止められそうか。当然出てくる質問に答えられる準備はあるか。
そのうえで、どちらに転んでも同じことをします。情報には文脈を添える。後から質問しやすい空気を作る。そして伝わり方を観察して、次の判断の精度を上げる。欲しい情報量は人によって違いますし、それは見て、聞いてみないと分かりません。
基本はオープン。文脈を添える。送信する前に、どう受け止められるか1分だけ考える。これで、今まで出会った場面のほとんどはカバーできています。

